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綾城

 

蘇った六百六十年の夢

綾城1 綾城2 綾城3

綾城のはじまりは、今からおよそ660年前の元弘年間(1331年~1334年)足利尊氏の家臣であった細川小四郎義門がこの地方に下向を命ぜられ、その子義遠が収納使として綾を領有し、綾に山城を構え、綾氏と稱したころと考えられています。
綾氏は數代城主としてこの地方を治めていましたが、室町時代八代將軍義政のころ、都於郡城を根拠として日向の國の一大豪族となった伊東氏の家臣となりました。したがって、綾城も伊東氏48城の一つとなり島津氏と戦う伊東方の重要な役割を果たしました。
その後江戸時代の一國一城制度により廃止されるまでの二百七十余年、綾城は日向の國の山城のまもりとして、現在の綾城は昭和60年春日本城郭協會に中世山城の築城について考察を依頼し、數次の調査に基づいた考察により想定され、戦國初期城樓建造物として構築されました。

綾城
別名 竜尾城
築城年代 元弘年間(1331~34)創築
築城者 細川小四郎義門
築城様式 戦國豪族の居城
主要城主 細川氏?伊東氏?島津氏
構造 縦20メートル橫24メートルの石垣を土臺にした
木造2層建物見やぐら付
地上からの高さ 19メートル
綾城面積 1階 216平方メートル 2階 192平方メートル
物見やぐら 24.89平方メートル

綾城の畫像4綾城の畫像5

城內は歴史資料館として綾の歴史の歩みを振り返ることができるとともに、日本一の刀鍛治といわれた田中國廣の刀が展示されています。

綾城の畫像6

綾城の畫像7

綾城の畫像8


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